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悲しみは辛い→幸い?

最近のヘッダーです。
英語で書いてあるのは聖書の言葉。





以下の節の一部です。

(ルカの福音書 6章21節)
今泣いている人々は、幸いである、あなたがたは笑うようになる。


また以下の箇所も似てます。
(マタイの福音書 6章21節)
悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。



いづれもどこか逆説的な言葉。
ただ悲しむだけなら不幸なだけですが、文の間に「神がいるので」という含みを感じるので、それが新しい展望を予感させてくれる。


『神の目はそんな人にこそ向けられている』というニュアンスも感じますが、そうだとすると「不幸」の一言で片づけられない状況が、同時に存在していることになります。


事実、クリスチャンで不幸や悲しみの中で神と出会ったという人は、けっこう多いように思うのです。